basara

基本慶次受ばっか。

政宗×

幸村×

佐助×

その他
大河風林火山の勘助とその仲間達のお話です。
..... 勘助と、その仲間たち



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*** 夕闇 ***


「なあ幸村、本当にここを通るのかい?」



何と無しに震える声を無理矢理絞り出し、慶次が指さしたのは、まだ少しだけ日があるにも拘わらず先が見えない真っ暗闇の、森の向こう。
それに幸村は何を当然、と言いたげに「うむ」と頷いた。
「ここが一番の近道でござる」
「何もそんなバタバタに帰らなくてもさ」
「何を仰います!!一刻でも早く御館様の御前へと顔を出さねば、この幸村、武士の名折れにございます!!」
それに「そうかなー」と首を傾げ、もう一度ちらりと森へと目をやる。
その先はやはり暗闇で。
気のせいか、それとも夕刻が迫っているからか、数分前に見たよりも色が濃くなっているような気がする。
「で、でももうすぐ暗くなっちまうよ。そんな時にこんなとこ通ったら・・・」
「だから、でござる。この森は夜行の獣が多い故、夕刻の内にこの森を出なければ」
「だから、別の道を通ろうって」
「あまり遅い時間になれば、御館様に迷惑が掛かってしまいます。某は早めに躑躅ヶ崎へと向かいたいのです」
「別に明日でも」
「新調して頂いたこの武器を、早くお披露目したいのです」
幸村はそう言って背中に背負った布をちらりと覗き込んだ。
そもそも幸村とこうして躑躅ヶ崎に向かうようになったのも、その背中の物が始まりだった。
幸村のために信玄公が新しい武器を新調したのだという。
それを頼んだのが京の鍛冶屋で、慶次もよく見知りの、自分の得物の手入れもちょくちょく頼んでいる腕の良い店であった。
それを受け取り、時間を作って会いに来たという幸村に喜んで迎え入れ、茶菓子と茶でもてなして暫く話をしていたのだが、「帰る」と突然言い出したのは数刻前。
夜になる前に帰らなければ、と言う。
ならば、一晩だけでも泊まっていけよと言うがその旨を伝えていないから家臣達が心配すると(特に真田隊の一番忍び)申し訳なくそれを断った。
だが、折角会えたのにこれでお別れはさみしいよな、と言う慶次に、ならば遊びに来られよと気が付けば腕を引っ張られ、更に気が付けば今現在に至っている。
(いや別に嫌じゃないんだけどさ。折角会えたのにそれではいサヨナラは、嫌だなって思っただけで・・・)
しかもそれが、恋仲の相手とあっては尚更。
いつもはやれ破廉恥だのやれ不埒だのと叫ぶ幸村が、ほぼ引っ張られる形とは言えずっと手を離さないでいてくれたのだし。
それがどれだけ嬉しかったのなんて、多分言った途端に顔を真っ赤に染め上げ謝られるだけだろうから、口になど出さないが。
だがしかし。
だけどしかし、これだけはいただけない、と慶次は内心叫んだ。
「ど、どうせ向こうに着いたって夜中だろ?あんまり変わらないんじゃ」
「ここを通れば一刻で着きまする。そうすれば、御館様の夕餉の前にお目通りが叶いましょう」
「うっそマジで!?ここってそんなに早く着けたのかよ」
いつもは廻りを迂回してぐるりと崖道やらを通っていたので全然気が付かなかったが、どうやら広範囲に沿っての山のようで、真ん中を突っ切れば半分以上に時間が短縮出来ると幸村が説明する。
だけどしかし。
ちらりともう一度目をやれば、やはり先程より濃くなった闇がそこに。
「なぁ」
「分かり申した」
その言葉に慶次の顔が緩んだ。

が。

「ならば、慶次殿はこの山を迂回して先に上田に向かってくだされ。某は一度躑躅ヶ先へと向かいますので、少し遅くなりますが今夜の内には必ず帰りますゆえ」
にこりと微笑んだ次の瞬間、幸村は闇に向かって身を投げ出した。
「ちょ、待てよ!!」
考えるよりも身体が先に動いていた。
慶次もその闇に向かって、駆け出していた。





「幸村、待てよ幸村!!」
一心不乱にただ前だけを見据え、幸村は迷うことなく歩を進めていた。
そもそも、何故迷わないのかと不思議にすら思う。
闇は更に色を増し、前を走る幸村が既に見えるか見えないかくらいまで色落ちていた。
急な出掛けだったためもちろん明かりになる物など一つも持っていない。
こんな事なら松明の一つでも常備しておくんだったな、などと意味の分からないことまで考えてしまう。
「なあ、ゆき・・・」
もう一度声を掛けようとして、背後の木々が急にざわめきだした。
背筋がすうっと寒気に惑わされる。
おかしい、今確か夏だったよなとか熱いのに寒いなら丁度いいじゃんとか、本当に意味が分からないことを頭がぐるぐると回りだした。
ざわりざわりと草木が揺らめき、思わず前を走る男に追い付こうと必死の足が速度をゆるめる。
瞬間、ギャぁ!と嘶きを上げ、数羽の鳥が空高く飛び立っていった。
その声に真の臓が出そうなくらい飛び上がったが、その姿を確認してほっと息を付いた。
そして前を見て、さぁ、と血の気が引いた。
幸村の姿が、辛うじて見えるくらいの距離が空いてしまっていた。
慌てて足を蹴るが、先程の鳥たちの所為もあってかなかなかうまく足が進まない
。 その間にもどんどん幸村の後ろ姿が濃い闇に隠れていってしまう。
「幸村!待てってば幸!!」
どうしてそんなに早いんだよ!!と罵ろうとして、声がひや、と上擦った。



首筋をかさりと、触る感触。



山賊の類かと後を振り向くが、そこにあるのはただの空虚。

気のせいか、と前を向くと、もう一度首筋をかさり、と撫でる感覚が襲った。


ひ、と声にならない声を上げ、慶次はあらん限りの力を足に籠め、地を蹴った。



「ひゃああぁぁあああああ!!!!!!!」



「何事でござるか慶次ど・・・のぉ!!!?」
ただ事でない叫びを聞き後ろを振り返った途端、全速力の慶次が胸の中に飛び込んできた。
何事、と思う間もなく力の限り飛び付いた勢いは止まらず、後ろにごん、と慶次の身体ごと倒れてしまう。
更にそのまま身体が回転して数回、手近にあった木に頭をぶつけ、漸く二人の身体は止まった。
取り敢えず抱き込んだ時に怪我をしないよう庇っていた腕を解いて、如何なされた、と声にすると、慶次の身体が微妙にかたかたと震えているのが感じ取れた。

これは。

もしかしなくてもこれは。

「如何なされた、慶次殿」
もう一度声にすると、ハッとしたように身体を震わせ、勢いよく緩やかな鷲色の髪が空を舞った。
「な、んでもない!!」
「何でもないと言う様子ではございませぬ」
「何でもない!」
「しかし」
「何でもない!!本当に何でもない!!!」
本当に真剣な剣幕に、幸村は込み上げる笑いを堪えるのが必死だった。
「されど」
「それよりも早く行かないとな!!虎のおっさんが待ってるんだよな早く行こうぜ!!!」
そう言えばそうだったと何よりも大切な命を一瞬忘れかけていたことに、幸村は苦笑した。
立ち上がり、慶次が何処も怪我していないのを確認して、再び前を振り向いた。
「あの、さ、幸」
二人きりの、しかも睦言の時でしか呼ばないような名で呼ばれ、幸村はどきりと胸を高鳴らせた。
振り返れば、自分より大きな体をきゅうっと縮こませ、俯いて幸村の様子を窺う慶次と、目が合う。
「なん、で、ござりますか」
本当にこの男は、自分より年上なのだろうか。
普段は豪快に、しかししなやかにそれこそ『傾奇者』の通り名が似合う振る舞いをするくせに、たまにこんなしおらしい姿を見せるものだから、心の臓に悪いことこの上ない。
「あの、出来るならもう少しゆっくり走って欲しいんだけどさ」
駄目?と小首を傾げられ、幸村の中の熱が数度上がった。
「しかし」
「わ、分かってるさ!虎のおっさんが待ってんだろ?幸にとっちゃそれが大事なことだってくらい分かってるつもりだけどさ・・・早過ぎて、追い付けねーよ」
だから、ともごもご呟く唇が可愛くて。
幸村の中の何かが、ざわざわと燻りを上げる。
「分かっておられるなら尚のこと。御館様の命は、某にとっては絶対でござる」
「だけど、命を受けたわけじゃねーんだろ?」
「同じ事。受け取ったならその姿を見せよと言うて下さった。先程も申しましたが、あまり遅くなりますと御館様に迷惑が掛かってしまいます」
それに、むぅ、と慶次の頬が少し膨らんだ。
本当にこの男は、自分より年上なのか!!と再び叫びそうになった。
「でも」
「では、参りますぞ」
「え」
待て、と声を掛ける間もなく走り出す身体に慶次は一瞬涙腺が緩みそうになった。

その目に入ってきたのは、幸村が額に巻く、赤い鉢巻き。


長い、その布端。


幸村の動きに合わせて揺らぐそれを、慶次は迷うことなく、



掴まえた。



「ぐぇっ!」

蛙の潰れたような声に、慶次はハッと我に返る。
見れば、ブリッジが失敗したかのような体勢に慶次は慌てて手に持った布を離した。
「ごごごごめん!!大丈夫か!?」
再び地面に沈んだ身体を助け起こして問う。
「慶次殿、不意打ちは卑怯でござる・・・」
「不意打ちじゃないって。本当に御免。怪我とかないか?」
「首を少し捻っただけです。すぐに治りましょう。それより慶次殿」
「なんだよ」
「もしかして慶次殿、闇が怖いのでござるか?」
その問い掛けに、慶次の身体が過剰なほどに身体が震えた。
それにああやはり、と思わず口端を上げてしまう。
「それならそうと早く」
「怖くない」
仰ってくだされば、の言葉を、慶次が憮然と遮った。
「そのような嘘を」
「怖くない。何言ってんだよ幸。俺は前田慶次だぞ?前田家の傾奇者だぞ?そのおれが夜が怖いとかそんなわけあるはずないだろ」
ぶすり、と下唇を突き出し、頑なに首を振る。
誰がどう見ても一目瞭然のそれに、幸村はやれやれと息を吐いた。
「慶次殿、後ろに白い気配が」
「ぎゃあああぁぁあああ!!!!!」
悲鳴と共に慶次が幸村に抱き付いた。
今度はあからさまにかたかたと身体が震えている。
「申し分けありませぬ。ただの落ち葉でございました」
「んなっ!!!?お前、遊んでるだろ!!!」
普段いいように遊ばれているのだから、これくらいは当然と思うが、そこは敢えて口に出さない。
「ほら、やはり怖い」
「怖くない」
「ならば先に進んで宜しいですかな?」
「そ、それは駄目!!」
今にも動き出しそうな幸村の裾をしかと掴み、慶次は訴えるように見上げる。
やれやれ、と苦笑を漏らし、幸村は慶次の前に手を差し出した。
「・・・なんだよ?」
「この道は暗くなると一寸先すら見えぬほど闇が広がります」
「だから?」
「慶次殿の足が某などに劣らぬほど速いことは充分承知しております。しかし、慶次殿はこの森に不慣れ故、迷うてしまわぬとも限りませぬ」
「それで」
「某はこの森をいつも抜けて甲斐へ帰ります。故に、某にとってここは庭も同然。目を瞑っても抜ける自信はあります」
「・・・・・・・・・で」


「慶次殿が迷うてしまっては、某が困ります」


かぁ、と頬に熱が集まるのが、自分でも分かる。
何でそんなことを素で言えるんだよとか困るのはお前じゃなくて俺だろとかそんなことを言いたいが、取り敢えずふわりと笑った笑顔があまりにも優しくて、慶次は思わずその手を取った。
「それでは、参りましょう」
しかと握って離さないその手を、慶次はきゅっと握り返した。
「い、言っとくけど、迷ったら困るから、手を繋ぐんだからな!」
「承知しております」
「怖いとかそんなんじゃないぞ断じて!!」
「それも充分承知しております」
「信じてないだろお前!!」
「慶次殿」
何だよ、と幸村の顔を見ると、惜しまず向けられる笑顔がそこにあった。
「あまり無駄口ばかり叩かれますと、抱えて躑躅ヶ先まで走りますが、宜しいですか?」
自分より大きい体を、横抱きにして。
慶次の手を離さないまま身振りでその体勢を訴える幸村に、うぅっと慶次は漸く口を閉じた。
「それでは、今度こそ参りますぞ」
それに大きく頷いて、二人の身体が動いた。
「なあ、幸」
気持ち前を走る幸村に、共に走りながら慶次は声を掛ける。
「如何なされた」
「うん、あのな」
「申し訳ありませぬが、速度をゆるめるわけにはゆきませぬ」
「いや、そうじゃなくて」
奥歯に詰まったような言い方をする慶次の様子を窺おうと首を少しだけ後ろに回すと、赤く染めた頬を、恥ずかしそうに指で掻いている慶次がそこに。
「その、ありがと、な?」
えへへ、と笑う慶次があまりにも可愛くて。


「も・え・た・ぎ・るああぁぁぁあああ!!!!」


「え、ちょ、幸!!?早ぇって!!腕千切れちまうよ!!」


その夜、躑躅ヶ先に向かう山奥深くで、謎の遠吠えが麓まで届いたとか。

そんな、ある夏のお話。